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4年生の想い『ラストチャンス』堀内璃子

本日の担当は#4 堀内璃子です!

2018年8月5日 インターハイ優勝
2022年1月6日 インカレ優勝
その瞬間をピッチの上で迎えることは、できなかった。

私はあと数週間でサッカーから離れる。

2024年1月6日
この日までが私のタイムリミット。
この日が私のラストチャンス。

いつも応援ありがとうございます。
小学生の時から背番号2を背負ったサイドバックが大好きで、それに憧れを持ちつつ、背番号4を3年間背負って主にセンターバックを務めさせていただいています、堀内璃子です。

最後にどのようなことを書こうか、まだ決まっておらず、拙い文章になると思いますが、『4年生の想い』ということで、『ア式蹴球部女子4年堀内璃子の想い』を書かせていただきます。
最後まで読んでいただければ幸いです。

まず、4年間を振り返る。

1年生
ただただ純粋に、楽しかった。
伸び伸びとサッカーだけやらせてもらって 、
もちろんコロナ禍という大変な時期はあったけど、
今と比べると圧倒的に少ない試合数だったけど、
上級生に支えてもらって、
同期たちに仲良くしてもらえて、
本当に幸せだったなあ。

2年生
ケガ、ケガ、ケガ。
治ったと思ったら再受傷、
そして治まらない痛みと違和感。
なんだかんだ半年出られなかった公式戦。
インカレには間に合ったようで間に合わなかった。
そして、悔し涙。

3年生
これからという時にケガ。
悩みもがきながらもなんとかリーグを戦い抜いた。
そして皇后杯・インカレに向かう練習中、
左足を踏み込んだ時にポキっと嫌な音がした。
左第五中足骨骨折、人生初の手術。
とことんついていないなあ、と。

4年生
ラストイヤー。

私の今の想い、
正直なところ、めちゃくちゃ「不安」で「怖い」。
その理由は、どうしても拭い切れない過去のトラウマ。
ひとつは2度の優勝経験をピッチ上で迎えられなかったこと。
「自分が試合に出ない方が優勝できる。」
もうひとつは高校3年時の選手権、0-3で初戦敗退。
「最上級生として、何ひとつ残すことができなかった。」

こんなことをずっと考えては、
そんなことない、やってやれ、と自分に言い聞かせる。

もちろんこのような経験ができただけでとてもありがたいこと。
ただ私はこれでは納得しない。

過去のア女日記にもかかせていただいているように、私は2回の日本一を経験させてもらった。
2つの「日本一のチーム」を経験することができた。

そのおかげで、自分の中で「日本一のチーム」のイメージが完成されつつあった。
なんとなく。

今シーズンの始まり、
いや、入部して少しがたったくらいから、
この同期たちとであれば大丈夫な気がしていた。
日本一を取れる気がした。
なんとなく。
だからすごくワクワクしていた。

しかし、4年として迎えた今シーズン、思っていたより苦しかった。

チームに、自分自身に、誇りを持って闘う。
『誇闘(こどう)』をスローガンに掲げた。
自分の中のなんとなく、の「日本一のチーム」のイメージと、その時の「ア女」がかけ離れているように感じることもあった。
今のチームに誇りは持てない、と思ってしまうこともあった。
だから、私はこのチームにいない方がいい、と思うこともあった。
同期に大号泣しながら伝えたこともあった。
チームに向き合い続けている同期を前に最低なことを言った、
と一生その時の自分を責め続けると思う。

言った後にすごく後悔したから、
なんて無責任なんだ自分、と思ったから、
自分たちで掲げたスローガンだから、
自分自身に誇りを持つために、
苦手と向き合い、得意を磨く。
チームに誇りを持つために、
仲間の良い所に目を向けることを忘れず、変わらず間違っていると思ったことは伝える。
チームに誇りをもってもらうために、
まず自分の在り方を考える。
ことをやり続けた。

それが、私が4年としてできることだった。
4年として大きな役割を持っていないのだから、最低限これくらいやらないと。
こうして、チームに、自分自身に、誇りを持って闘い続けた。

なんとなく、大丈夫そう。
なんとなく、日本一をとれる気がする。
と思っていたけれど、
なんとなく、もうダメかも。
と思ってしまう時期も正直あった。

それでもやる、と決めたから。
まだチャンスが残されているから。

朝から涙が溢れて今日が始まるのが怖かった日も、
電車で東伏見に近づくにつれて涙が溢れてくる日も、
泣きすぎてア女のみんなに合わせる顔がないと思う日も、
練習前におにぎり食べながら涙した日も、
泣きながらケアしてもらった日も、
泣きながらテーピング巻いてもらった日も、
グラウンドに立ち続けた。
サッカーすることから逃げなかった。
(いつ、どこでも涙が出てきてしまい、たくさんの方々に迷惑をかけました、この場を借りてお詫びします。)

これもすべて、2024年1月6日まで誇りを持って闘い続けるため。
1日でも欠けていたら、私の挑戦はもうすでに終わっている。
残された時間の中で一秒でもこのことを諦めたら、その時点で私の負け。

2024年1月6日のラストチャンスにかけて、
私は誇りを持って闘い続ける。

最後に。
サッカーは共に戦う仲間が必要で、
もちろん人間、誰とでも上手くやっていけるわけじゃなくて、
仲間は友だちと違って、距離をおいて済むものでもなくて、
私自身、その人間関係でめちゃくちゃ悩んできたサッカー人生で、
みんな大好きです、とは言えないけれど、
それでも一人ひとりいい所があって、
みんなのおかげで今の私がいて、
たくさんの仲間と切磋琢磨できたから、
サッカー選手としての私が完成されたので、
私の中のぶれない軸が出来上がったので、
いままでのサッカー人生で一緒に戦ってくれた仲間たちにはとても感謝しています。
本当にありがとう。

特にこの4年間は、これまで以上にたくさんの感情が溢れてきた。
それをドカンとぶつけてもしっかり向き合ってくれた同期、
親身になって話を聞いてくれた先輩たち、
なんとなく心配そうにくだらない話をしてくれる後輩、
心が折れそうなタイミングでドンピシャに声をかけてくれるスタッフ陣、
本当に『ア女』という組織に支えられて、
この環境でサッカー人生を終えられること、
幸せに思います。

そして、
たくさんの人たちの応援があって、
たくさんの人に支えられて、ここまでやってくることができました。
もともと期待なんかされていないかもしれませんが、
勝手に期待を感じて、期待を背負って、
それらをエネルギーに変え、
私ならもっとできる、と言い聞かせて、踏ん張ることができました。
本当にありがとうございます。

たくさんの感謝を私はピッチ上で、
自分自身の姿で、結果で、伝えたい。

2023年12月26日から始まる2024年1月6日ラストチャンスへの道。
「不安」や「怖さ」なんて吹き飛ばして、思いっきり「楽しむ」。

インカレの舞台「自分らしさ」を忘れずに、誇りを持って闘い抜く。

みんなの笑顔のために、
みんなの笑顔が見たいから。
もちろんそれはそう。

だけどこの舞台だけはそれ以上に、
私自身が最高な舞台で、
最高な笑顔で終わるために。

欲張りかもしれないけれど、それぐらい必死。
ということを伝えさせてください。

以上が『ア式蹴球部女子4年堀内璃子の想い』であり、決意表明です。
最後まで全力疾走させていただきます、どうぞよろしくお願いいたします。

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数々の困難を経験したア女での4年間

人一倍仲間を想い
人一倍仲間とぶつかった

人一倍自分と向き合い
人一倍涙を流した

納得できないことも、
逃げたくなることも沢山あった

でも彼女は逃げなかった。

どんな小さなことにも全力を尽くし
がむしゃらに突き進む彼女の姿は
私達に問いかける、

「本当に全てを出し切ったか」

終わってから悔やんでも遅い
それを知っている彼女だからこそ
日々自分自身を奮い立たせ、
私達を鼓舞する

そんな彼女の日本一への強い想いは
必ず至高の結果を引き寄せる

涙の分だけ強くなる彼女が
最後に流した涙は
最高の“嬉し涙”だった
そうなる未来を信じて
私たちは彼女と共に突き進む

日本一の舞台で私たちらしく
誇りを持って闘おう

小林