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30周年企画『空を見上げて』關陽南子

みなさんこんばんは!
本日よりア女日記を再開いたします!

本日の担当は、こちらの部員です!

私事ですが、早稲田大学ア式蹴球部女子に入部し、4年目の年を迎えました。
30周年という節目の年に在籍し、企画に関わるという大変貴重な経験ができることを嬉しく思います。

さて、今年度新しくア女に入ってきてくれた後輩が、「ア女日記」を読んでくれていたとそんな話をしてくれました。
(昨年度から広報として活動している私にとっては特に)それだけでとても嬉しく、活動のモチベーションになるものです。(と、同時に、本当に読んでもらっているのだというプレッシャーも少し感じてしまったのは内緒です…笑)
普段から拗らせていて頭を思考がぐるぐるしているのですっきりとは書けませんが(自分で限界を決めるな!ともう一人の自分に怒られています)、しばしお付き合いいただけると嬉しいです。

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「自由を履き違えるな」
高校在籍時に先生から言われた言葉だ

自由・自主・自律を重んじ、生徒の主体性を大切にしている学校だった。
文化祭だって体育祭だって修学旅行だって、予算からスケジューリングからルール作り、旅先の決定や旅行会社とのやりとりだって生徒がしていた。
そこには、責任が伴い、一から作り上げることの困難さがあったが、同時に達成感と、なんだか不思議な納得感があった。
無秩序とは違う「自由」
ルールを自分に落とし込み、自分で考え、行動に移すこと。
自分たちで作り上げるということの楽しさや喜びを学んだ。
「自由」は「主体性」のもとに成り立つということを学んだ。

ア女は「自由」なのだろうか

卒業後の進路は多様であり、国内でサッカーを続ける選手もいれば、外国でプロリーガーとしてプレーしている選手もいる。ビジネスマンとしてバリバリ働いている人もいれば、大学院で勉強を続ける人もいる。そんな姿を見ていると、ア女は自由で、いろんな人が集まる組織なんだなあと実感する。
また、ア女日記を読んでくださっている皆様ならおわかりだろうが、各々がユニークな想いや考えを持ってこの組織のドアを叩く。
価値観も育ってきた環境も違う多様な人間が、自分の人生大学4年間という長い月日を費やし一つの目標に向かって進み続ける。「なんて自由で面白い組織なんだ」と思う。

ただその一方、ア女を自由にしきれていない自分に気づく

他の人の「当たり前」に流されて、枠に収まろうとしてしまう自分がいて、人に判断を仰いでしまう自分もいた。自分自身の想いや考えを深ぼることを恐れる自分も。
当事者意識を持ち続け、自ら考え主体的に動くことで「自由」が成り立つのに、「自由」は「主体性」のもとに成り立つということを、いつの間にか忘れていた。
自分基準の「当たり前」磨き続けて生きてこう

ア女で何が得られるか、何を得たいと思うか

そんなことは「自由」であると思う。
だからこそ、一人一人が持つ、「なぜア女にいるのか」「何を得たいのか」ということを大切にしてほしいし、自分自身もそれを大切にして過ごしたい。

わたしの勝手な押し付けだけれど
自分の人生を生きて、納得のいく人生を歩んでほしい

ただ、忘れたくないのはそこには責任が伴うということ。
自分で選ぶということの責任は、重くて苦しいことにもなり得る。
その「責任」という言葉が、決断を躊躇わせ、行動しようとする足を掴むこともある。
「自分が選んだ」から、その結果が付いてきたってなるからね。
それにしっかり向き合って、その上で突き進む。
そんなことがこの組織にいる限り(この組織じゃなくてもか。)求め続けられることだと思う。

主体性と責任、ア女を自由にする為に大切なキーワードだと思っている。

 

少し話は変わるが、人は、いつの間にか小さな世界に集中してしまう生き物だと思う。
目の前のことに躍起になって、いつの間にか自分が置かれた状況を客観視できなくなり、広い世界のことや問題の本質が見えなくなって、なんだかうまくいかない。そんな場面が21年間で幾度となく訪れた。

勝つために
仲間が楽しく生きられるために
“4年生として”
少しでもうまくなるために

ア女に、勝利に、自分に、
目の前にある問題や課題に集中しすぎたとき、視野がきゅーっと狭まり、いろんな考えや感情が渦巻いて、なんなら先が閉じた未来しか見えない自分がいた。
目的と手段が入れ替わっている自分がいた。
もちろん、目の前のことに集中する事にも、考え続けることにも意義はあり、大切なことだと思う。
ただ、私は器用じゃないから、目の前のことに気を取られて全体が見えていないと、本質を見失い、自分を見失いそうになってしまう。
4年目はそんな自分から卒業したい。
考えすぎず、シンプルになる。

息が詰まった時は、空を見上げてみよう。

これは、今の私に必要な言葉
同じ空を見上げる先輩を思い出してふっと心が軽くなる
隣で笑う後輩に、つられて笑顔があふれてくる

私は、サッカーができるのであれば、どの組織でも良かったわけでは無い。
「自由」の本質を理解し、納得感を持って4年間挑み続けられそうだったから、ア女を選んだ。
人生において、「あー面白かった!!!」と思える経験を増やしたくてこの組織にいる。

自由にするのは、自分自身。
当事者意識を持ち続け、自責にし続ける。
(ここまで書いて尚、私らしからぬ文章だなあと思いつつ、それなら最後までぽくなくいようかななんて思いながら宣言します。)

優勝トロフィーをピッチの上で掲げて
「あーーーー面白かった!!!!!!!」
と、このチームの全員で泣き笑える日を想像しながら

今日も私は、自由に生きる!

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以上です。
ご覧いただきありがとうございます!
明日からもお楽しみに!

笠原